【フランス】交通ストライキを振り返る~2019年秋~
今日は、2019年の秋に行われたRATP (Régie autonome des transports parisiens、パリ交通公団、パリの地下鉄やバスなどを運営)とSNCF (Société nationale des chemins de fer、フランス国鉄)のストライキ(grève)についてお話したいと思います。
フランスの年金制度について
このストライキがなぜ起こったのかについて理解をするため、まずはフランスの年金制度について理解する必要があります。というのも、年金制度改革がこのストライキの発端となっているからです。
フランスの年金制度の歴史は古く、1700年前後(文献によって異なる)からすでに年金の仕組みが出来上がっていたようです。当時はバレエダンサーや船員など一部の労働者への特別待遇として整備されており、職種によってそれぞれ別の年金制度が適用されていましたが問題となりませんでした。
近代になり、国民全員が年金制度に加入するようになってからもこれらの制度は既存のものが受け継がれたため、様々な制度が共存する非常に複雑な形の現在の年金制度が出来上がりました。JETROの記事によれば、現在42の年金制度があるようです。これらの制度は定年年齢や退職金の計算方法などがそれぞれ異なる形となっています。
それぞれの業種ごとに別々のシステムを採用しているため、非常に複雑怪奇な制度となっている現在の年金制度を一本化するべく、歴代の政権は様々な改革案を打ち出してきました。しかし、仕組みが異なる複数の制度を統合しようとしたため、この改革によってもらえる年金額が少なくなったり、年金支給開始年齢が遅くなったりする人が出てきます。
このように、改革によって損を被る労働者がこの改革案に反対し、それを止めるべくストライキを起こすというのがフランス流です。フランスでは既得権益が危機に脅かされた際にストライキを起こすというのは一般的なようで、有給休暇の日数(フランスではフルタイムの労働者に5週間の有給休暇の取得が認められている)を短縮しようと試みた際も各地の労働組合がストライキを起こしたため、改革案を撤回せざるを得なくなったという話をVichyでホームステイをしていた時に伺いました。
これらの例からもわかるように、フランスでは労働組合が非常に大きな権限を持っています。
RATPやSNCFがストライキを起こすのは…?
つまり、RATPやSNCFのような鉄道会社(の労働組合)が年金制度改革に際してストライキを起こすのは、その労働者が現在の年金制度において既得権益を持っているからです。
というのも、特に昔は鉄道会社での仕事は肉体労働が多かったからです。石炭などを用いて鉄道を動かしていた時代は鉄道員というのは大変な激務でした。その見返りとして、彼らは50代で退職するすることができる権利を勝ち取っています。現在は技術進歩により、大きな肉体的な負担は減ったので、年金制度改革においてこの特権をなくそうという動きが歴史的にあるようです。
一方、労働者はこの動きに対して反発しています。HuffPostの下のビデオによれば、公務員の平均退職年齢が61歳であるのに対してRATPの労働者の平均退職年齢は56歳ですが、ストライキを起こしているRATPの労働者はこれらは特権ではなく、休日勤務や朝4時からの早朝勤務、日付を越すほどの深夜勤務、クリスマスや新年などの祝日の勤務といった様々な制約に対する対価だと主張しています。
2019年9月のストライキは、マクロン大統領の年金制度改革の発表に対し、上のような主張から発表内容に合意しない労働組合との協議が決裂したために行われました。
日常生活や旅行に大きな影響をもたらすものとしては、9月13日にRATPのストライキ(1日)が行われ、9月24日にはSNCFのストライキが、また10月末にはSNCFのストライキが1週間以上に渡って行われました。
RATPのストライキ
RATPのストライキは1日のみでしたが、パリ及び近郊の路線網ほぼ全てに大きな影響を与えるものでした。自動運転を行っている地下鉄1号線・14号線以外のほぼ全ての路線で終日運休、あるいは朝夕のラッシュ時のみの運転(それぞれ3時間ずつ、本数は半分~3分の1)という形で、運行している地下鉄も一部の駅は封鎖されている状態でした。
このため、普段鉄道を利用して通勤している多くの人が車での通勤に切り替え、朝のラッシュ時にはパリの近郊で291kmの渋滞が起こったそうです。その他、パリ市内では自転車や電動スクーターで移動する人の姿も多く見られたとのことでした。
SNCFのストライキ
一方、SNCFのストライキはこれに比べれば比較的穏やかだったものの、特に10月のものは1週間以上続いたのが印象的でした。
もっとも影響が多かったのは一部の列車の運休です。運休していた割合は方面によって異なりましたが、最も影響が多かったパリ~ボルドー間では70%くらいの列車が運休していたと思います。ストライキの期間が少しずつ延長されたいった関係から、これらの運休は前日や当日になってから通知されたことも多かったため、運行を継続していた数少ない列車もほぼ満員だったようです。
また、運行が行われていた場合でも多くの列車が遅延していたようで、ひどい場合には4時間遅れたという例もあったようです。
なお、これらのストライキは決して珍しいものではなく、過去の有名なものとしては1995年に3週間に渡って行われたストライキが上げられます。
生活にストライキが与えた影響
ここでは、僕の生活・予定にストライキが与えた影響についてお話します。
エピソードその1~パリ観光~
僕が今住んでいる寮はENPCから道路を挟んだ反対側にあるため、ENPCに行くことに大きな影響が出ることはありませんでしたが、パリ市内などから通学している同級生はかなり苦労したようです。
加えて、9月13日は、2人の日本の友達が遊びに来てくれる予定になっていました。ENPCの授業があったので、授業後に合流し、パリ市内で晩ごはんを食べてから電車で帰ってくるという予定でした。
1人は当日夕方にスイスから電車で到着する予定で、その電車もほぼ定刻通り運行されたため大きな影響を受けることはなかったのですが、大きな影響を受けたのはもう1人です。前日にパリに到着し、13日の日中は主要な観光地を1人で周る計画を立てていたようです。しかし、地下鉄が運休していたため、彼はパリ市内の主要な見どころをほぼ全て歩いて回ったそうです。
パリ市内は山手線の内側程度の大きさしかないため、東京と比べると非常にコンパクトですが、それでも端から端まで歩くと非常に疲れます。彼いわく、初めてのパリだったため頑張って回ったものの当初予定していた場所の内2箇所は訪問を断念したとのことでした。
また、終電が夜8時頃だったため、パリ市内での夕食は諦めて早々と寮に戻ってこざるを得ませんでした。とはいえ、土曜日は当初の予定通りパリの観光をしっかりとできたので非常に良かったです。
エピソードその2~ボルドーでの事件~
一方、10月末のSNCFのストライキは僕自身が非常に大きな影響を受けました。ちょうどENPCのバカンスの時期だったため、10月26日から30日にかけてナントとラ・ロシェル、ボルドーのフランス大西洋岸の3都市を巡る旅行を計画していました。旅行初日、乗る予定だった列車が50分遅延し、なぜか後続の列車のほうが先に発車するという事件こそありましたが、それ以外は順調にボルドーまでたどり着くことができました。

しかし10月29日、パリに戻る予定だった前日になって予約していたTGVが突然キャンセルされました。パリへの帰り道を突如失い、非常に動揺したのを覚えています。
幸い、当日昼頃になって運行が取りやめられていた列車が突如運行することとなったため、残っていた空席を勝ち取り無事にパリに戻ってくることができましたが、後少しで当初の5倍の金額を払ってTGVよりも時間のかかる飛行機での移動をする羽目になるところでした。こちらの記事にその際のチケットを巡るお話が載っています。
フランスではストライキは当たり前
ということで、フランスにいると当たり前のようにストライキが起こります。ストライキを起こす権利は(おそらく)全ての労働者に対して認められており、日本ではストライキが禁止されている公務員もフランスではストライキをする権利があります。フランス人は自分の権利を主張することを当たり前だと思っている人が多く、そのため他人のストライキによって自分が迷惑を被ることがあっても寛容でいる人が多い印象を受けました。
もちろん、日本からはるばるやってきたのにストライキで予定を狂わされるなんてことになったら非常に困るとは思いますが、そんなことは日常茶飯事とは言わないまでも結構な確率で起こります。そのため、フランス旅行の際は急な予定の変更にも対応できるようある程度フレキシブルな旅程を立てることをおすすめします!
※12月から1月にかけて行われた長期ストライキについては、また別の記事でお話します。